西宮市甲子園洲鳥町で不動産売却・購入をお考えの方は、株式会社Fineblue
2021/09/04
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甲子園洲鳥町 【名前の由来】
甲子園球場の西側に古典にちなむ趣深い町名が並んでいます。甲子園浦風町、甲子園高潮町、甲子園洲鳥町、甲子園網引町です。高校球児の憧れ、阪神タイガースのホームグラウンドとして全国に名高い甲子園球場に隣接する事から、その名を冠した町名です。しかし、甲子園の名が付いたのは、昭和39年のこと。それまでは、かつての大字名今津を頭にして、昭和39年までは、今津浦風町、今津高潮町、今津洲鳥町、今津網引町と呼ばれていました。この地は、旧中国街道より南、東を流れていた、かつての枝川と申川、今も西を流れる新川に挟まれた地帯です。砂地がちの地で明治時代の地図では、空白地帯になっています。開発が始まったのは、大正期です。大正6年、先陣を切って、甲陽中学校(現:甲陽学院 昭和53年に角石町に移転)が創設されました。東隣りの鳴尾村でも甲子園開発が始まり、今津町の宅地開発にも拍車がかかり、大正15年、住宅地利用に向けて、周辺地の整備が行われました。何もなかった砂地には、縦横に道路が整えられ、現在の甲子園浦風町あたりは、旧字らしい南六石という字が記されていますが南の3町には、高潮、洲鳥、網引の名が既にありました。新川には、橋がかかって、今津の中心部と繋がっていますが、この橋の名前が浦風橋、高潮橋、洲鳥橋、網引橋、町名の由来となった橋なのです。
甲子園洲鳥町は、国道43号線の南に位置する。町名の由来となった洲鳥橋(平成元年改修)は、鎌倉時代の和歌集「夫木集」の中の一首を元に付けられた。
夕されば
武庫の浦風 満ちぬらし
入り江の洲鳥
声さわぐなり
時は夕暮れ、いつの間にか潮が入り江の砂州あたりまで満ちて来たらしい、静けさの中、聞こえてくる砂州の鳥たちの鳴き声。
大正時代の洲鳥橋はなら、鎌倉時代と変わらぬ自然のざわめきに包まれる事が出来たでしょう。
まとめ
甲子園洲鳥町は、和歌を元に名付けられた洲鳥橋にちなむ
昭和39年、今津洲鳥町から甲子園洲鳥町へ改称
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