西宮市甲子園町で不動産売却・購入をお考えの方は、株式会社Fineblue
2021/09/21
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甲子園町 【名前の由来】
高校球児の憧れのグランド甲子園球場(大正13年着工)長い歴史の中には、野球の神様ベイブルースも訪れ、プレーしました。1934年、選手たちの熱い試合、沸き返るスタンド、熱気あふれる球場がある場所は、かつて枝川と申川の分岐点でした。大正時代、西宮の町に大きな転機をもたらした一大プロジェクトがありました。その礎となって、この2つの川は、消え去ったのです。枝川は、戦国時代の武庫川の氾濫で生まれた川です。堤防が決壊した場所から流れ出した水が本流に戻らず、そのまま川となって残ったのです。申川も1740(庚申・かのえさる)年の大洪水で生まれた川です。遠い昔から繰り返されて来た洪水被害は、明治時代に入っても続きました。地元の人々は、如何なる洪水にも耐えうる堤防を望みましたが工事には、莫大な費用が掛かります。大正9年、ある妙案が兵庫県議会を通過しました。枝川、申川を埋め立て、これによって生まれた土地を売却、その収益金を武庫川の改修工事に充てると言うのです。当時、商都大阪と貿易都市神戸を結ぶ大動脈(阪神国道・現国道2号線)の建設も急務とされていましたが、収益金は、これにも充てられ懸案が一気に解決したのでした。埋め立て地は、阪神電車が一括して買収、この一帯の総合都市開発が始まったのです。まず、阪神電車は、折からのスポーツブームに注目して球場をオープン。竣工が中国歴の大正13年(1924年甲子・きのえね年)に当たっていることから甲子園と命名しました。球場があっても木製スタンドがせいぜいだった頃、当時の研究の粋を集めアメリカの球場にも負けない大球場が出現したのです。甲子園球場は、日本野球のメッカであると共にこの一帯のシンボルになりました。他にも移動スタンドを備えた陸上競技場(南運動場)、世界の一流選手も訪れた100面のテニスコート(甲子園テニスコート)、多くの水泳施設(甲子園プール)娯楽施設(阪神パーク)までが続々誕生。国内外の様々なイベントで賑わいました。全日本スキージャンプ大会など
埋められた枝川の上は、阪神甲子園線が開通、甲子園球場のある甲子園町を中心に上甲子園から浜甲子園までをつなぎました。甲子園線の沿線は、旧枝川の松林が残る風光明媚な住宅地甲子園として販売されました。
これが後のに正式に町名として採用されたのです。
当初は、甲子園口、上甲子園、中甲子園、浜甲子園がのちに甲子園口、上甲子園、南甲子園、浜甲子園となる。
阪神電鉄がこれらの住宅販売に先立って刊行した「市外居住のすすめ」そこには、大阪、神戸の市内に住む人々へ郊外の暮らしの良さをアピールしました。
高校野球人気と相まって、甲子園の名が全国的に有名になるにつれ、それにあやかろうと町名を変更する町も現れました。
今津春風町、今津浜田町、今津高潮町、今津洲鳥町、今津網引町は、甲子園春風町、甲子園浜田町、甲子園高潮町、甲子園洲鳥町、甲子園網引町になりました。
全国的に有名な甲子園の街の繁栄と引き替えに姿を消した枝川、そして申川。その流れを調整していた樋門がかつての武庫川との分岐点にたたずんでいます。夏草のお生い茂る樋門は、子供たちのいい遊び場だったという枝川の思い出に浸っている様です。
まとめ
竣工が中国歴の大正13年(1924年甲子・きのえね年)に当たっていることから甲子園と命名しました。甲子園球場がある場所として、甲子園町となった。
甲子園町 ローレルスクエア甲子園壱番館のご紹介
ローレルスクエア甲子園壱番館は西宮市甲子園町にあり、阪神本線の甲子園駅が最寄り駅。マンションまでの徒歩時間は10分です。甲子園駅からはほぼ南の方角になり、甲子園球場の横を通って月見里公園を過ぎると、マンションが建っているのが見えてきます。甲子園駅の周辺には、大きな売場面積の地元スーパーがあり、ドラッグストア、レンタルビデオ店、ファーストフードなどのほか、銀行の支店、郵便局などの利便施設も揃っています。クルマの利用が多い人も、すぐ近くに阪神高速3号神戸線の西宮インターチェンジがあるので便利です。ローレルスクエア甲子園壱番館の住居の専有面積は72.89㎡~94.89㎡で、分譲時には3LDKまたは4LDKの間取りプランが用意されました。各住戸には3.51㎡~10.31㎡のポーチが付いています。玄関ドアと門扉の間に空間があるので、帰宅時に「わが家に帰った」とホッとできる空間になります。すべての住戸がほぼ南向きバルコニーの明るい日差しが入る住まいです。住戸によってはメインのバルコニーとは反対側にもサブのバルコニーが付いている住まいがあります。ローレルスクエア甲子園壱番館の建物構造は鉄筋コンクリート造の地上7階・地下1階建てで、総戸数は46戸です。2001年3月の竣工です。